吉ざえもん農園のみえバーちゃんと私

吉ざえもん農園のりんごの葉っぱ 吉ざえもん農園の歴史
吉ざえもん農園のりんごの葉っぱ
吉ざえもん農園のりんごの葉っぱ

吉ざえもん農園のりんごの葉っぱ

みえバーちゃんが夜遅くまで提灯を提げて働き続け、そうして大きくなったりんご畑は、3町歩ありました。

その畑の中の1本1本のりんごの樹を一番知っていたのがみえバーちゃんでした。

70歳過ぎるまで、毎朝お弁当を持って、自転車でりんご畑へ毎日通っていました。

そんな元気いっぱいのみえバーちゃんも、75歳のころ、脳卒中で一時寝たきりになりました。

しかし、りんご畑が大好きなみえバーちゃんは、畑で死ぬのが本望、そんなバーちゃんを毎朝リアカーに載せて、りんご畑へ送り迎えしたのが、7代目の長女の私です。

すごいものです。
りんご畑でみえバーちゃんはどんどん元気になり、ほとんどマヒも残らず、今度は、3輪車でりんご畑へ通い始めました。

後ろ姿は60代といっても過言ではないくらい元気でした。

そんなみえバーちゃん、実は、とっても新しもの好きでした。
ですから、りんごの栽培方法も常に最先端を行くのが大好きでした。

接ぎ木でりんごを増やすのも、新しい品種を取り入れるのも、いつも村で一番最初。そして、使う肥料や農薬にも敏感に対応していました。

そのおかげで、吉ざえもん農園はかなり早い時期から化学肥料を使わずに、減農薬に取り組んだりんご畑なんです。

私が今元気なのも、ひょっとしたら、みえバーちゃんが作ったりんごを食べて大きくなったからかもしれません。

そんなみえバーちゃんでしたが、さすがに寄る年には敵わず、ある年の3月3日雛祭りに、脳溢血で空へと帰って行きました。

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